合併症数と手術成績、喫煙との関係
血管外科 古屋隆俊
はじめに:最近の1年間の症例(非破裂52例、破裂5例)の成績を追加しました。
大動脈瘤の成因は不明ですが、何らかの原因で大動脈壁の弾性線維や膠原繊維がもろくなり、しなやかさが無くなって徐々に拡張した結果が大動脈瘤です。弾性線維がもろくなる危険因子として高血圧・高脂血症・遺伝・喫煙などが挙げられます。
へそ周囲の腹部に拍動する腫瘤があれば腹部大動脈瘤が疑われますが、太っていると分かりにくいです。動脈瘤は急に拡大したり破裂しない限り無症状です。つまり無症状だから安心なのではなく、症状が出るのは破裂する直前か破裂した後なので、その時では遅いのです。
触診、腹部エコー、CTで診断できますが、長く病院に通っていてもこれらの検査をしないと見逃されます。年に1回は人間ドックなどで腹部エコーの検査を受けましょう。
腹部大動脈の正常の太さは1.5〜2cmで、1.5倍以上の拡大 (すなわち3cm以上) は動脈瘤とされます。4cmまではゆっくりと、4cmを越えると年に0.1〜0.5cmずつ拡張し、大きくなるほど破裂の危険が高くなります。因みに過去 16年間に、当院で手術した破裂性腹部大動脈瘤109例の大きさは平均7.6cm (5〜12cm) でした。一般に5cm以上の大動脈瘤は手術適応ですが、経過観察中に急速に拡大したり、一部突出した形 (嚢状瘤) を呈するもの、小柄な方 (正常部の大動脈径が1.5cmくらい) では4cm台でも拡大率が大きいため手術を勧めています。万一破裂した場合、急速に1000〜2000mlの大出血が起こるので、約1/2〜2/3の方はその場で心臓が止まってしまいます。約1/3の方は一旦止血されて病院まで辿り着くのですが、必ず再破裂して重篤なショックとなってしまいます。緊急手術をおこなっても約半分の方は亡くなると言われ、結局、破裂による死亡率は80〜90%となります。この数字は欧米でも過去20年間、全く改善されていません。一方、破裂する前に手術すると死亡率は1〜4%です (当院の予定手術の死亡率は1.1% (7/626) です) 。
当院では術前の併存疾患の数や程度、年齢によらず、大きさが5cm以上で、病気を理解され、 禁煙が守られる方には積極的に手術を行っていますが、禁煙できない方は手術をお断りしています (理由は【手術成績】と【喫煙について】を参照) 。
心臓、肺、腎臓に重篤な病気があると、破裂時はショックと出血傾向 (大量出血により血液を凝固させる材料が消耗したり、心筋梗塞・脳梗塞後に血液が固まらなくなる薬を飲んでいることによる) などで、ますます助かる可能性が低くなります。それゆえ合併症がいくつあっても、重症であっても、破裂する前に手術する方がより安全と考えています。
内科的な治療として降圧療法がありますが、血圧を正常に保っても動脈瘤は必ず拡大するので、降圧療法は無効です。手術以外の方法として、脚の付け根よりカテーテルを挿入し、動脈瘤の中に人工血管を挿入する方法 (Stent-graftによる血管内治療) があります。この方法は胸部大動脈瘤 (特に下行大動脈瘤のように枝のない単純な形態の場合) では、手術の危険性と比較して優れた成績であります。しかし腹部大動脈瘤では、腎動脈との位置関係、下肢動脈の硬化性病変、動脈瘤の数(1〜5個)や形が症例ごとに異なり、適応に制限があったり、血管損傷や動脈塞栓の危険性、遠隔期に動脈瘤が拡大するなど将来も破裂の危険が残る (自己の大動脈が拡張して人工血管が移動したり、瘤内に血流が残る) 可能性もあり、まだ長期の安全性と耐久性は不明とされ、生涯にわたる血管造影やCTの検査が必要となります。一方、手術治療はどんな動脈瘤にも対応可能 で、長期の耐久性・信頼性もあり、現在でも最も確実な方法です。
外来検査費用を含まない、入院医療費ですが、Stent-graft 1本は約160万円で、術中の小さなトラブルに対する追加ステントや手技料、検査費などを含めた入院総医療費は約250万円です。一方、当院の開腹手術による腹部大動脈瘤手術515例の入院医療費は、平均129万円です。故諸橋名誉院長の言葉である「医学的に正しく、早く、安く、親切に治療する」の実践を 心がけております。
手術は腹部を大きく切開し動脈瘤を十分に剥離します。動脈瘤の上下の正常部を遮断して動脈瘤を切開し、瘤の中に人工血管 (ポリエステル製) を移植します。人工血管を動脈瘤壁で包み込み、腹部を三重に縫合して手術を終わります。
当院の緊急手術を含めた非破裂瘤653例の平均手術時間は207分、平均出血量は452ccですが、肥満の程度、腹部内部の癒着、動脈瘤の数と範囲、動脈の粥状変化 (“おから”のようにもろくなること) や石灰化 (骨のように硬くなること) の程度により異なります。2000年以降の506例の平均出血量は435mlで、1000mlを超える出血は21例(4.2%)、周術期の輸血例は23例(4.5%)のみでした。
当院では通常の動脈瘤では出血が少なく輸血をしていないので、術前の自己血貯血 (出血に備え、予め自分の血液を400〜800ml採取しておくこと。貧血患者にはできない、費用がかかる、細菌汚染の可能性などの問題も指摘されている) や術中血液回収装置は原則使用しておりませんが、炎症性動脈瘤や多発性動脈瘤など出血量が多いと予想される症例では、術中血液回収装置を準備して輸血を回避するよう努めています。
当院では、患者さんおよびその家族への禁煙教育の徹底を図るため、術中写真を撮ることをお願いしています。手術直後に、患者さんのご家族に、術中写真を見せて手術の説明をするのですが、きっと初めて見る動脈瘤の内側の様子にびっくりされると思います。お話しを聞いている、おそらくは喫煙しているだろう、患者さんのご家族 (特に息子さんやお孫さん) に、如何に、喫煙が動脈を「ボロボロ」にするかを伝えることで、次世代の方の動脈瘤発症を予防したいと考えております。ご協力をお願い致します。
術後合併症には血管疾患特有なものと全身性のものとあります。血管疾患特有なものとして、動脈の石灰化や粥状硬化により、遮断したり吻合 (人工血管を大動脈に縫いつけること) したりするときに血管壁が壊れ、下肢の動脈が閉塞することと、血が止まりにくくなるため出血することがあり、これらが起きた場合は再手術を行います。また動脈瘤術後に大腸の血行が悪くなり大腸壊死となった場合は、大腸を切除し人工肛門を造りますが、動脈瘤破裂や急性心筋梗塞などの大出血時やショック時に起こり、通常の手術では起こりません。
術後全身合併症として肺炎、心筋梗塞、脳梗塞、腎不全、肝不全、対麻痺等があります。心筋梗塞や脳梗塞が発症すると重篤で命取りとなることもあります。呼吸不全が長引くと気管切開や人工呼吸器管理を要し、腎不全となれば透析を行うこともあります。
対麻痺とは両下肢の運動麻痺と知覚麻痺、膀胱直腸障害を起こす病態です (交通事故などで、車椅子になるのと似ています)。大動脈から背中側に枝が出ていて脊髄を一部栄養していますが、大動脈瘤手術でこれらの動脈は出血を起こすため止血します。脊髄の重要な栄養血管は通常、横隔膜あたりから出るのですが、ごく稀に大動脈瘤からの血管が重要である場合があります。報告例では、約600例に1例、対麻痺が発症すると言われていますが、当院では非破裂の大動脈瘤では未だ発症していません。破裂性腹部大動脈瘤では128例中1例 (0.8%) 発症しました。
血管の病気は全身病なので手術の部位だけが悪いわけではなく、心臓や脳の血管も同様に動脈硬化を来していると考えて間違いありません。動脈瘤は高齢者で喫煙歴が長い方が多く、合併症をできるだけ少なくするためにも、手術を受ける方は禁煙を守っていただいています。
術後の疼痛コントロールのために、手術前に麻酔科医師により、背中に硬膜外麻酔の細いカテーテルが挿入されます。術後4〜5日間はこのカテーテルより持続的にモルヒネを注入するので、大きな手術の割には痛みが和らいでいます。この間、尿が出にくい (前立腺肥大症状) がありますが、これはモルヒネの副作用ですから、薬を中止すれば治ります。
術後1日で立位・歩行が可能で、肺炎・筋力低下・床ずれ予防のために早期に頑張って歩いて頂きます (2004年以降は332例/352例、94%の患者さんが術後1日目に歩行しています) 。腹部の創は3重に縫いますので早く離床しても心配ありません。通常3〜4日で排ガスがあり、3〜4日目から食事が始まります。
過去20年間に手術した653例の患者さんは、84% (550/653) が10日以内に、95% (619/653) が2週間以内に退院し、術後平均8.7日で96%(627/653)の患者さんが自宅に帰っています。2000年1月より腹部大動脈瘤手術にクリニカルパス を採用してからは、506例の平均術後入院日数は7.7日です。2003年 (43例) は7.5日、2004年 (39例) は7.2日、2005年 (47例) は7.0日、2006年 (25例) は8.0日、2007年 (46例) は7.3日、2008年 (43例) は8.1日、2009年 (44例) は7.1日、2010年(49例)は7.7日、2011年(1例を除く51例)は7.7日というように「1週間で自宅に退院」が標準となっています。

大動脈瘤は高齢者に多く、慣れない環境変化や手術・麻酔という一大事件の体験から、術後一時的におかしな言動 (幻覚、幻聴) や 、暴れたり (不穏) することが、経験では約40%の方にみられます。これはいわゆる「ぼけ」ではなく、環境の変化や家族と離ればなれになる寂しさが関与するようで、1週間以内に必ず治ります。4〜5日目に早めに退院して家に帰ってすぐ良くなる場合もあり、心配せずに離床を進めて下さい。
最近約19年間に手術を行った非破裂の腹部大動脈瘤 (653例) の患者さんの平均年齢は73.9歳で、162例 (25%) は開腹手術の既往を持ち、術前合併症 ( = 併存疾患、危険因子。喫煙も危険因子として加えました) は平均2.8個ありました。術前合併症が多いほど手術リスクは高くなります。
緊急手術を除いた予定手術 (626例) の成績は、
というように、年齢による差はありませんが、合併症の数により明らかに手術成績に差があります。
一方、同時期に破裂した腹部大動脈瘤患者は119例、切迫破裂 (破裂していない、破裂直前の状態) で緊急・準緊急に手術した患者は46例でした。緊急手術では全身状態の評価、禁煙指導、内服薬のチェックなどできず、患者さん側も心構えが無いまま手術と なるので、破裂の有無にかかわらず成績は不良でした。
さらに、自宅や救急外来で手術もできずに亡くなる方が現実にはたくさんいらっしゃいます。合併症が多い方や高齢者ほど破裂した場合、助かる可能性がないので、破裂する前に十分準備して手術するのが一番安全で、良い結果につながります。
術後は6〜12ヶ月ごとに通院していただきます。動脈瘤は全身疾患なので、その他の部位に新たな瘤ができることもあり、外来の超音波検査で人工血管を観察していきます。普段は禁煙を守り、近くの医院で血圧等を管理してください。禁煙を守れず、後日心筋梗塞になった方や下肢動脈の閉塞になった方も残念ながら多いです。日常生活は問題なくできますが、風邪や怪我の時は近くの病院を受診して、抗生剤を飲むなり、きちんと治療をして下さい。人工血管は一旦感染すると再手術を要したり、命に関わる重篤な状態になることがあります。発熱、腹痛、吐血 (口から血を吐くこと)、下血 (コールタールのような黒ないし赤黒い血液が便としてでること) があるときは、動脈瘤手術の合併症の可能性もありますので、すぐ当院の救急外来を受診して下さい。
その他の後遺症としては、腹壁瘢痕ヘルニアがあります。成因のところで述べたように、動脈瘤は全身の弾性繊維や膠原繊維がもろくなる病気なので、腹壁の繊維組織ももろく、限局的に創がふくらんでしまうことがあります。
また動脈瘤は高齢者に多いためか、術中または術後経過観察中に悪性疾患や、胸部大動脈瘤など、他の部位の動脈瘤が見つかる患者さんも増えて来ました。症状が無くても、胃内視鏡や人間ドックなどで病気の早期発見に務めることが重要であります。
がんセンターなどで「喫煙患者には肺癌の手術はお断り」という新聞記事がありましたが、私は就任当初からその方針を貫いてきました。入院後に禁煙できていないことが判り (看護師が伝えてきます)、手術は即中止、そのまま帰っていただくことも稀ならずありました。時には患者さんと喧嘩することもあります。それくらい真剣にならないと、喫煙の害を本気で分かってもらえません。
喫煙は大動脈瘤の発生因子であるばかりでなく、破裂の誘因であることも証明されています。さらに手術の合併症を起こしやすくするだけでなく、術前合併症数 (危険因子) が一つ増えるので死亡率と直接関係します (【手術成績】 を参照)。昨今、医療ミスが話題になりますが、医療者が手を抜いたり、サボったり、いい加減な治療をしたらどんな患者さんも家族の方も怒るでしょう? 煙草を止めずに手術を受けようというのは、患者さん側の誠意・真剣さ・努力の不足であると思います。「煙草をこっそり吸っていても大丈夫だろう」という安易な気持ちでは手術はうまくいきません。手術をするということは命がけのこと、医師も患者も真剣勝負でなければ決して良い結果は得られません。予定手術の死亡率をゼロにすること、予定手術+緊急手術の全体の成績を向上させることが、私の永遠の目標であり、ぜひ、ご理解とご協力をお願い致します。
最後に・・・「タバコと命と、どちらが大切ですか?」